京極夏彦『前巷説百物語』

 小股潜りの又市が、おぎんや治平、百介らと出会う前の話。
 浮き世のあらゆる損を補う損料屋「ゑんま屋」の仕事を請け負い、埋まらぬ損を世間に納得させる形で解決する又市とその仲間達の仕事を描く。
「怪」掲載された「寝太り」「周防の大蟇」「二口女」「かみなり」「山地乳」と、書き下ろしの「旧鼠」、計6編を収録。

 人の世の理ではどうにも埋まらぬ出来事を「怪異」を介することで世に納得させる、という後々の又市一味の仕事。そのひな形となる「前」での又市の仕事ですが、まだ若い又市の仕掛けなので成功はするものの粗が散見され、時には人死にも。その己の仕事と、そんな仕事をしなければならない世の中を省みて「人死にが出るのは納得いかねェ」と青い事をいう又市。その斜めに構えながらも青臭い又市のキャラが新鮮でもあり、同時に後のシリーズの仕事ぶりに繋がるものでもあり、大変魅力的に描かれております。

 最初は悪いヤツを懲らしめ、泣かされた人間を救ってやる的な仕事から始まり、徐々に江戸の町に潜む大きな影と対峙することに。その運びも時代物エンターテイメントの王道を堂々と行っております。
 が、悪が単なる悪ではなく、裏から見れば別の事情が見えたり、又市らのやっていることが必ずしも正しい結果を生むとは限らない辺りが、現実と又市の青臭い理想の間で疑問と悩みを生み出し、物語的に深みを生み出します。勿論、事件の経過・仕掛け・顛末を妖怪の性質や伝承と結びつけて落とす様は相変わらず見事ですのでお楽しみに。

 『巷説百物語』とそれに続く「続」「後」で見事な仕事ぶりを見せる又市。
 その又市の若かりし頃の仕事ぶりと、どういう経過を辿って御行姿となったか、そしてレギュラーキャラクターとの邂逅など、シリーズのファンには堪らない一作であります。未読の人は、この「前」から時系列に沿って読んでいくのもアリかもしれません。

前巷説百物語前巷説百物語
京極 夏彦

角川書店 2007-04
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