佐原ミズ『バス走る。』
『マイガール』(→感想)の佐原ミズが描く恋愛漫画短編集。
様々な人達が行き交うバスの停留所。そこで始まる小さく純粋な恋愛の始まりを綴っております。
「空曲がり停留所」
ノルマがこなせず途方に暮れる不動産会社の営業と、飛行機を指で作った窓で捉える少女。
1日10回飛行機をつかまえられたら願い事が一つ叶うという彼女。
優しくて、その優しさゆえに人生の一場面で躓いている者同士の出会いが暖かな筆致で描かれております。自分のことを措いても、相手の小さな幸せを願う二人のピュアさが良いですね。
「さくら町停留所」
冴えない生物教師と、その彼に対して卒業式を前に「嫁になって」と告白をした女生徒。大学を卒業する4年後の再会を約束した彼女だったが―――
頼りないとは言え、男に対して「嫁になって」という要求をしたり、白衣の下に潜りこんで「セクハラー」などとやる女生徒がトボけた味わいがあって可愛らしい。その彼女がバスの中でぽつぽつと先生の好きなところを挙げて、徐々に自分の想いを告げて行くシーンはいいなあ。
そしてトボけつつも暖かなラストがまた何ともいい感じです。個人的には収められた話の中で一番隙です。
「忘れ名ヶ丘停留所」
昔の男友達から結婚の報せを受けた女性。その手紙を眺めていたバスの中で男に突然話しかけられる。その事を聞いた母からの「気持ちを伝えることは大変」という言葉に、かつて自分が思いを伝えることが出来なかったその男友達との事を思い出す。
自分は相手を想っているのに、相手は自分を見てくれていない切なさ。結局想いを伝えられないままになってしまった彼女が自分に向けられた好意に対してどう向き合うか。
一歩踏み出した彼女の世界が変わった瞬間の物語。
でも、男のアプローチとか、女性がその男の話を聞こうと思う理由とか、ちょっと唐突な感じも。
「天気読み」
二人で天気を予想するといつも自分は外れ、彼女が当たるという二人。そんな恋人同士の、自分より先に目指す道を行ってしまった彼女に対する焦燥と不安。それに対する彼女の回答は―――
残されたメッセージは激励かもしれないしまた同時に改めての愛の告白だったのかもしれません。
「バス走る」というタイトル通りバスが持つ完全に時間通りではない運行とか、微妙なローカル性とか、そういったものがこれらの物語の雰囲気とか速度を形作る一つの要素となっているのでありましょう。
身近で優しい物語が詰まっております。繊細で柔らかな筆致がまた物語と合っていて良いのです。
後半に収められた高校生達の初々しく、くすぐったいような恋愛模様を描いた短編も大変に良い話となっております。
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