藤田和日郎『黒博物館 スプリンガルド』

 燃えるような目をして、口からは火を吐き、人とは思えない跳躍力で19世紀のロンドンの街を跳梁して人々を騒がせた「バネ足ジャック」。しかし、彼が行うのは「女性を驚かせる」ことだけで、それ以上のことはしなかった。そんなバネ足ジャックであったが、スコットランドヤードによる必死の捜査にも関わらず、正体不明のままある日を境に忽然と姿を消してしまう。

 しかし、その謎の失踪から3年後、「バネ足ジャック」は恐ろしい連続殺人鬼としてロンドンの街に再び姿を現したのであった。
 彼を追うロッケンフィールド警部は、3年前のバネ足ジャックの正体と目されるストレイド卿に面会を申し込む。

 「悪戯」はしたが強盗や殺人といった「犯罪」は犯さなかったバネ足ジャックは、なぜ三年の時を経て殺人鬼となってしまったのか。

 イギリスの「バネ足ジャック」伝説を下敷きにして藤田和日郎が描く怪奇と浪漫と愛とが詰まった熱きゴシック活劇。
 物語は、スコットランドヤードにあるというあらゆる犯罪の資料を集めた「黒博物館」を訪れた男が、展示されたバネ足ジャックの足を見ながら底の学芸員に「バネ足ジャック」事件の真相を語る、という形を採っております。

 物語の核となるのはバネ足ジャック=ストレイド卿。放蕩貴族っぷり全開で騒ぎを起こしていた彼ですが、一人の娘との出会いが彼を変化させ、「悪戯」を止めるきっかけに。無茶をやっているストレイド卿なのに彼女に対する純情っぷりが滑稽でもあり、またほろ苦くもあります。ストレイド卿、実に良いキャラです。

 そんなストレイド卿に向けられたある男の歪んだ執着が殺人鬼・バネ足ジャックを誕生させ、その偽ジャックと真ジャックが対決。表に出せない秘めたる恋のための戦いが、歪んだ愛情と純粋な愛、しかし公にできない二つの愛のぶつかり合いが、異形のバネ足ジャック同士の戦いとして描かれている様は圧巻。
 戦いの前、中で結婚式が行われている教会をバックにバネ足ジャックが行く手を遮り
「ここから先は敬虔で善良なる者以外立ち入り禁止だ
 ……オレ達は入れない」
 という場面など弥が上にも期待が高まります。

 その戦いの後、花嫁を見送ったバネ足ジャック。素顔で見送った後、壊れた仮面を再びかぶっての台詞がまた切なく、そして格好良い。ストレイド卿の美学によるやせ我慢と、事件の顛末を一緒に見た警部のさりげない労りが泣かせます。


 そして外伝である「黒博物館 スプリンガルド異聞 マザア・グウス」も収録。
 こちらは完全無欠のボーイミーツガール・藤田味。
 やんちゃな少女と、ちょっと大人しめの少年がバネ足ジャックの衣装を使ってロリコン変態教授と対決。そしておいしいところを持って行くストレイド卿。
 催眠術を悪用して少女の裸体写真を撮りまくる教授のビジュアルが文系悪党であるのに藤田イズム全開で大変素晴らしいと思いました。


黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)