安永知澄『わたしたちの好きなもの』
『やさしいからだ』で肉体感覚を通じて爽やかに、且つどこかエロティックな瑞々しい作品群を描いた安永知澄が、今作では原作に河井克夫、上野顕太郎、しりあがり寿をらを迎えて放つ異色のコラボレーション短編集。
帯には
「ここに漫画の新しい可能性がある」のか、それとも、「おっさん達が若い娘をもてあそんでる」だけなのか。
とありますが、いや全くその通りで、自分の作風とは全く異なる個性の強い三人から提示された原作を安永知澄が如何に自分の作品として描き上げたか、という非常に実験的要素の強い作品集であります。
収録されているのは以下の4編。
「わたしたちのすきなもの」(原作:河井克夫)
父親と二人で暮らす少女。彼女が好きになった男性はなぜか皆行方不明になってしまう。その原因というのは――
少女の恋愛とそれを見守る父親という構図をもの凄いトリッキーに描いていてちょっと凄い。ダメ男に依存してしまった後の少女の心情描写がまた巧いですなあ。
「ちぬちぬとふる」(原作:上野顕太郎)
世界から隔絶された施設で育った少年少女。そこで博士が企てる「実験」とは何か――
ウエケン節全開の巨大な労力を費やして下らない事をやる系のネタ。
安永知澄の画でこれをやられるとまた別の面白さがあります。それにしてもバカだなあ(褒め言葉)。
「カノン」(原作:上野顕太郎)
引っ越しの際に見つけたパッヘルベルのカノンのCD。そこから呼び起こされる少女の胸を痛めた記憶。
自分より大きな存在が見せる「弱さ」に対する戸惑いと拒絶。幼い日の言葉に出来ない痛々しい思い出を切なくなる筆致で描いております。
個人的にはこれが収録作品中で一番好きです。
「なぎ」(原作:しりあがり寿)
生まれた娘は17歳になると行方不明になるか死ぬと、いう言い伝えのある家の少女・なぎ。17歳の誕生日を前にして、彼女の体に変化が――
怪奇・伝奇モノかと思いきやちょっと想像できないオチをつけてきた作品。前半の重さと、ラストのバカバカしさのギャップが面白い一作。
というわけで、どれも全くタイプの異なる話で、こんなバラエティに富んだネタ振りをされてもきっちりと自分の作品として仕上げている安永知澄の力量は大変に素晴らしい。この企画自体、無茶やってるなあ感がありますが、試みとしては非常に面白かったと思います。
この難題をこなした安永知澄が次の作品で何を書いてくるか実に楽しみです。
この作品単体としては、安永知澄の既刊の作品を読んでいる人間には非常に興味深い一冊ですが、未読の人にはこの企画のスゴさが伝わりにくいかもしれません。未読の方は是非『やさしいからだ』『あのころ、白く溶けてく』を読んでから本作を読むことをオススメします。