石黒正数『ネムルバカ』

ネムルバカ (リュウコミックス)

ネムルバカ (リュウコミックス)

 ミュージシャンを目指してバンド活動を続けているセンパイ・鯨井ルカと彼女とルームシェアしているコウハイ・入巣柚美。モラトリアム期間のまっただ中、これからどうなるんだかよく分からない自分の人生に向き合って立ち止まったり、迷走したりする大学生達の青春の一ページ。

 酒を飲んだり、バカ話をしたり、バイトをしたり、ちょっとした恋もあったりで、喧噪と怠惰のうちに何となく愉快に過ぎていく大学時代。そんな中、自分の夢や目標について考えを巡らせる若者達。センパイは音楽を自分の進むべき道と考え、目標に向かって努力を続けているけれども、その目標に自分の能力が及ぶのかどうか、という不安を抱えているし、コウハイは特にやりたいことがあるわけではなく、漫然と日々を送っております。そんなぼんやりとした不安を抱えながらも、やっぱりバカをやって過ぎていく大学生活であります。

 バカをやっていても、時折顔を出すのが自分の目標や夢に対する不安。目標がしっかりしている者と、目標がない者が抱えるベクトルは違うけれども同じような重さを持った「自分は何者かになれるのか」という不安。
 特に第5話、センパイとコウハイ、その男友達らと交わした自分の将来や才能について交わす言葉は淡々としていて、でも読む者の心をちくりと刺します。

「どこまで通用してどこで限界が来るかとか 目標に達するまでのカベの厚さも カベを掘りきれるかどうかも なんとなく自分で分かってて努力するのってシンドイじゃないですか」

 こう言った男友達を一喝して殴ってしまったセンパイですが、それはまさにセンパイの無意識に考えていたことを当ててしまったからでしょう。

「やりたいことのある人とやりたいことがある人の間に 何かしたいけど何が出来るのか分からない人ってカテゴリーがあって 8割方そこに属していると思うんだがね」

 殴られた彼がその後で呟いたセリフがまたしみじみと効きいています。


 そんなセンパイに訪れた音楽の道で飛翔するチャンス。自分の夢のステージに引き上げられたセンパイと、取り残されてしまったコウハイ。二人の別れの際のやりとりが実にいい。本当にいい。ジンと来ます。

 そして自分の夢のステージに立ったセンパイが最後に取った行動は――これがまたいい。青臭いけれども、それだけにグッと心に迫るものがあります。多くは語らないので、是非読んで確かめて下さい。

 ユーモアたっぷりにギャグをちりばめて描かれていますが、大学生活という、あの特殊な時間を過ごした人間なら間違いなく心に刺さる何かがこの作品にはあるはずです。是非ともおすすめしたい傑作。